家族信託とは 「認知症による資産凍結」を防ぐ法的制度 です。
優れた機能を持つ家族信託ですが、経験不足な専門家に依頼してしまい、ノウハウ不足から結果的にトラブルに陥る、などの危険な事例も散見されます。
本記事では、家族信託に潜む危険性や、実際に現場で起こったトラブル・失敗事例について、司法書士が詳しく解説していきます。
まずは家族信託について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご参照ください。
要約
- 家族信託にはトラブルになりやすい制度上の落とし穴・注意点がある
- 受託者に権限が集中する危険性や、損益通算ができないリスクなど
- ひな形を使って自分で契約書を作ってしまい、契約が無効判定となる危険性なども
- 特に遺留分侵害に関しては注意する必要がある
- 経験豊富な専門家を使い、危険な家族信託とならないようにすることが最も重要
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目次
知らないと危険!家族信託のリスク9選
前提として、 家族信託自体が危険な制度というわけではありません 。
ただし、 家族信託が持つ特徴や性質によって引き起こしやすい危険性やトラブルがあることも事実です。
また、家族信託は法的制度であるため、正しい知識を持たずに家族信託を設計すると、法に抵触する内容となったり、税務上のリスクが発生するなどの事態に陥る可能性があります。
では、具体的にどのようなリスクや危険性があるのか、詳しく解説していきます。
<知らないと危険な家族信託のリスク9選>
- 受託者へ財産管理の権限が集中する
- 信託できない財産がある
- 他益信託では贈与税が課せられる危険性がある
- 身上監護は含まれない
- 信託財産以外との損益通算ができない
- 当事者の意志能力がなければ信託契約ができない
- 「30年ルール」「1年ルール」により強制終了する危険性がある
- 遺留分侵害額請求をされる危険性がある
- 家族信託の経験が少ない専門家も多い
それぞれについて詳しくみていきましょう。
1.受託者へ財産管理の権限が集中する
家族信託では、受託者(子)が委託者(親)の財産管理について大きな権限を有します。
受託者は信託契約において、委託者から託された財産を管理する人として定められているため、これは当然のことともいえます。
<具体的な受託者の業務(できること)の例>
- 委託者の預貯金の管理
- 自宅不動産の売却
- アパートなどの収益不動産の管理や売却
- 余剰資金を用いた不動産の購入 など
上記の業務は一例ですが、基本的には信託契約に定められた財産管理・運用・処分に関する業務を行えます。
受託者が財産を一手に管理できるという大きな権限を持つことで、たとえ受託者が適正に業務を行っていたとしても、他の家族や親族が不信感や不公平感を抱くこともあるでしょう。
家族信託は、委託者と受託者の2者間の契約により成立します(信託法4条の1)が、当事者以外の家族や親族に十分な説明がなければ、不信に思われる危険性は高まります。
特に、将来委託者の相続人となる可能性がある親族には、家族信託の設計の時点で打ち合わせに同席してもらうか、家族信託の目的や内容について十分に理解してもらうことが重要です。
2.信託できない財産がある
家族信託では、基本的に財産的価値があるもの(金銭・不動産・有価証券など)は信託できますが、法的に信託できない、または実務上信託が難しい財産もあります。
例えば、以下のような財産です。
<家族信託できない/信託が難しい財産の代表例>
- 年金受給権などの一身専属権
- 農地
- 預金債権

上記のような財産は、当事者間で合意して信託したとしても、その信託契約は法に抵触して無効になる、または実務上実現できない危険性があるため、注意しましょう。
預金債権
預金債権とは、預金口座の名義人が銀行に対して持つ金銭債権のことです。
預金口座を持ち、預けているお金を引き出す権利といえます。
預金債権の信託はできないため、例えば「〇〇銀行〇〇支店口座番号〇〇の預金」という名目での信託はできません。
なぜなら、通常銀行口座を開設する際には、銀行と名義人本人との間で「譲渡禁止特約」が定められているためです。
ただし、金銭の信託は可能なため、実務上信託契約書には「金銭〇〇円」と記載して信託の対象とします。
農地
農地の信託は、農地法3条の2の3により禁止されています。
ここでいう農地とは、実際に耕作(田畑をたがやして作物を植え育てる)を目的として使用されている土地です。
農地のまま信託財産に含めることは不可能ですが「農地転用(農地法4条、5条)」の手続きを踏み、宅地に変更すれば、その土地を信託財産に含められます。
対象の農地が市街化区域内であれば農業委員会への届出、市街化調整区域であれば許可が必要です(農地法4条1の7、5条1の6)。
また、現況が農地として利用されていない場合も注意が必要です。
現況が農地でなくても、登記上の地目が「田」「畑」の場合は、一定の条件を満たした上で農業委員会の許可や届出がなければ、信託財産にはできません。
手続きには数か月かかる場合もありますので、早めに手続きを開始しましょう。
このように、農地を信託財産とする手続きは複雑になりますので、司法書士などの専門家のサポートのもと行うことをおすすめします。
年金
年金受給権などの一身専属権は、資格などと同様に、その人に与えられた固有の権利であり、信託によって他人に帰属させることはできません。
受け取った年金を信託したい場合は、年金受給口座から信託財産専用の口座(信託口口座)に残高を移し、金銭として信託しましょう。
3.他益信託では贈与税が課せられる危険性がある
家族信託において、委託者と受益者が異なる「他益信託」の場合、受益者が委託者からの贈与によって利益を受けたとみなされ(相続税法9条の2の1)、贈与税が課せられる危険性があります。
委託者=受益者の「自益信託」の場合は、もともと信託財産の所有者であった委託者が、そのまま信託財産からの利益を得るため、財産権の移転は生じず、贈与税がかかることはありません。
受益者に贈与税が課せられる他益信託のケースとして、以下のような例が挙げられます。
<贈与税が課せられる他益信託の例>
委託者:親
受託者:子
受益者:孫
→財産から利益を受ける権利は、委託者から受託者へ移る
→親から孫へ贈与があったものとみなされ、孫に贈与税が課せられる

信託財産の規模によっては贈与税が高額になることもあるため、他益信託を設計する場合は、贈与税の課税内容のシミュレーションが必須となります。
また、他益信託において、アパートなどの収益不動産を信託財産として設定した場合、賃料収入などは受益者の所得となり、受益者が所得税の申告を行う必要があります。
税法では、信託財産から収益が生じた場合、受益者に対して税金が課せられると定められているためです(受益者課税の原則、所得税法13条の1)。
他益信託において、金銭以外の信託が含まれる場合には、贈与税以外の税金の計算が煩雑になることもあるため、専門家への相談をおすすめします。
4.身上監護が含まれない
家族信託では、受託者が委託者の身上監護を行うことはできません。
身上監護とは、監護対象者の日常生活・療養・介護などに関する法律行為を行うことをいいます。
例えば、介護施設の入所や入退院の手続きなどがこれに当たります。
成年後見制度では、後見人が被後見人の身上監護権を有するため、財産管理にとどまらず、身の回りの契約を代行できます。
受託者は信託法上、家族や親族以外でも未成年以外であれば受託者に就任できる(信託法7条)ため「受託者だから法律行為を代行できる」とはならないのです。
家族信託での財産管理に加えて、身上監護についても定めておきたい場合は、任意後見制度を併用する方法もあります。
ご家族の状況や希望により、他の制度との併用など、家族信託の設計方法は大きく異なりますので、専門家への相談がおすすめです。
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5.信託財産以外との損益通算ができない
家族信託における税務上のリスクとして「信託財産以外との損益通算ができない」 ことが挙げられます。
租税特別措置法41条の4の2の規定により、信託財産である不動産から生じた損失(赤字)はなかったものとみなされるためです。
例えば、委託者がもともと所有していた2つの収益不動産(アパートなど)のうち、1つだけを信託財産として受託者へ託したとします。
ある年、信託財産として設定した不動産の大規模修繕を行い大きな工事費がかかったため、その不動産の収益はマイナス(赤字)となってしまいました。
信託していないもう一方の収益不動産は、家賃収入が安定しており黒字の状態です。
この場合、信託していない不動産の収益と、信託している不動産の損失の通算ができません。

つまり、委託者(=主に受益者)の所得が高くみなされ、トータルでの所得税額が割高になってしまう可能性があります。
このように、信託財産と、信託外財産の損益通算はできないのです。
とはいっても、複数の不動産を所有している場合、すべての不動産を信託すれば良いのかというと、そうではないケースも多々あります。
複数の不動産を全て信託財産にすると、その分登記手続きの手間や受託者の負担が増えるなどの問題点も出てくるでしょう。
損益が変動しやすい資産を信託する場合、収益の見通しが難しいものではありますが、家族信託の設計前に専門家に相談することをおすすめします。
6.当事者の意志能力がなければ信託契約ができない
家族信託は、契約当事者(委託者と受託者)の意思能力が必要な法律行為です。
そのため、委託者の認知症などに備えて家族信託の検討を始めた場合でも、途中で症状が進行して意思能力が喪失したと判断されてしまうと、家族信託の組成は不可能となります。
もし、家族信託の専門家にすでに相談していたことなどがあれば、相談料として検討当初にかかった費用が無駄になってしまうことも考えられるでしょう。
家族信託は、親の意思能力が十分にある元気なうちから、余裕を持って検討し始めるのが鉄則です。
7.「30年ルール」「1年ルール」により強制終了する危険性がある
家族信託は、信託法の規定により強制終了してしまい、当事者やご家族の財産承継に関するご希望が実現できなくなる危険性があります。
その代表的な例として通称「30年ルール」「1年ルール」とよばれる規定についてみていきましょう。
家族信託の30年ルールとは?
家族信託では、受益権を子供や孫に順番に承継させることも可能です。
これを「受益者連続型信託」といいます。
受益者連続型信託において、特に信託期間が30年を超えうる家族信託においては注意が必要です。
信託法91条では、信託契約後30年を経過したのち、前の受益者が亡くなったことで新たに受益権を取得した方は、その方が亡くなるまでしか効力を有しないと規定されています。
つまり、信託契約から30年経つと、財産の承継は1度しか行われないということです。

(受益者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の特例)
第九十一条 受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託は、当該信託がされた時から三十年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有する。
引用:信託法91条
これが家族信託における30年ルールと呼ばれるものです。
よって、受益者連続型信託を設定したとしても、30年ルールにより、財産の承継が孫やひ孫などに到達しないまま終了してしまうことも考えられます。
家族信託の1年ルールとは?
家族信託では「受託者=受益者」の状態が1年続くと、信託契約が終了する「1年ルール」と呼ばれるものがあります(信託法163条の2)。
受託者=受益者となる場合は、受託者が固有資産として信託財産を所有している状態です。
この状態が1年間続くと、家族信託は終了します。
例えば、受益者連続信託を設定しているケースを想定してみましょう。
家族信託契約時は、親が委託者兼受益者、子が受託者と設定していました。
親の死亡後、受益者は子へ受け継ぎ、その後子が死亡すれば孫へと受け継がれるという内容を定めていた場合について考えます。
このケースでは、親の死亡後の受託者変更等を定めていない限り、親の死亡後は子が受託者にも受益者にもなる状態です。
そして、親の死亡後、子が健在であり、子が受託者兼受益者となる状態が1年間続けば、信託契約は終了してしまいます。

つまり、契約内容によっては、当初に定めた受益者連続信託が早い段階で実現できなくなってしまう可能性があるということです。
1年ルールによる強制終了を防ぐには、当初の家族信託契約の内容として、受託者の変更や第二受託者の取り決めなどを盛り込んでおくことが必要です。
法律の細かな知識も必要となるため、確実に子、孫世代へと財産を引き継ぎたい場合は、専門家へ相談することをおすすめします。
8.遺留分侵害額請求をされる危険性がある
遺留分とは、特定の相続人(親・子)が持つ最低限の遺産の取り分です(民法1042条の1、2)。
家族信託の契約内容により、遺留分が侵害される場合は、特定の相続人は「遺留分侵害額請求」を行えます(民法第1046条の1)。
遺留分を考慮せずに信託契約を締結してしまった場合、遺留分侵害額請求に対する支払い額が準備できなかったり、親族間トラブルに発展する可能性もあるため、注意しましょう。
9.家族信託の経験が少ない専門家も多い
家族信託は、近年注目されているものの、比較的新しい制度のため、専門家自身も実務で関わったことが少ないというケースも多いです。
中には「節税対策=家族信託」などと、根拠のないテーマでセミナーを行う専門家もいます。
家族信託は、法律や税金などの知識をしっかりと理解し、ご家族・ご親族の状況や信託財産に応じて、進め方を丁寧に検討していかなければ、目的を達成することはできません。
知識や経験が少ない専門家に依頼してしまうと「高額な費用をかけて相談したのに、結局トラブルが発生してしまった/強制終了となってしまった」などの事態にもなりかねません。
専門家選びではぜひ慎重に、経験や知識を見極めることを強くおすすめします。
家族信託は法的制度!法律の知識が必要
危険な家族信託を設計してしまい、失敗やトラブルに発展するケースでは、総じて「法律の知識不足」や「専門家の経験不足」が原因となることが多いです。
「家族信託は柔軟に財産管理が決められる」という謳い文句はよく聞きますが、あくまでも法的制度であるため、信託法や民法、税制などさまざまな知識のもと設計する必要があります。
正しい知識を以て、適切に利用すれば、財産管理に関して最大限に本人や家族の希望を柔軟に叶えられる制度です。
元気なうちに家族で財産の管理や承継についてしっかりと話し合い、経験豊富な専門家とともに丁寧に進めていけば、その目的を達成できる確率が高まります。
ただし、専門家でなければ、普段から法律の内容に触れることはほとんどなく、そもそも何から調べれば良いかわからないという方も多いでしょう。
当社では「家族信託」について、初回の無料相談も行っております。
家族信託に関する実務経験が豊富な司法書士はもちろん、弁護士や税理士とのネットワークも充実しているため、ご家族やご本人の希望や想いに沿ったご提案が可能です。
家族信託をご検討中の方、親の認知症に関して不安がある方など、まずはお気軽にお問い合わせください。
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家族信託の「おやとこ」では、認知症による資産凍結問題に悩むお客様に、司法書士などの専門家がご家族に寄り添い、真心を込めて丁寧にご対応します。
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実際にあった危険な家族信託の失敗例6選
続いて、信託内容の検討や手続きが不十分であったために発生した、家族信託の具体的な失敗例をご紹介します。
以下のような家族信託を組成することは危険なため避けた方が良いでしょう。
<危険な家族信託の失敗例6選>
- ひな形を使って自分で契約書を作ってしまった
- 相続人の遺留分を侵害している
- 公正証書が作成されていない
- 信託口口座を開設していない
- 経験が十分でない専門家に依頼してしまった
- 受託者の利益が目的になっている
一つずつ詳しく解説していきます。
ひな形を使って自分で契約書を作ってしまったケース
家族信託は、柔軟に契約内容を決定できる点が大きな魅力ですが、契約書の作成は経験豊富な司法書士などの専門家と慎重に作成しなければなりません。
最近では、書籍やインターネット上でも家族信託の契約書ひな形が公開されていますが、これらのひな形はあくまで一般的な内容にとどまります。
実際は、家族信託における信託の内容、財産の種類や額・信託の目的などは、ご家族ごとに大きく異なります。
よって、契約書の作成を1つの雛形で全てカバーすることは到底できません。
また、一般公開されている雛形では、法的に記載すべき項目が抜けていることもあります。
契約書に不備があると、契約当時は予期していなかった事態に対応できなかったり、親族間のトラブルに繋がったりと、不具合が起きる可能性が高まるでしょう。
家族信託の契約書は、経験豊富な専門家と一緒に作成することを強くおすすめいたします。
相続人の遺留分を侵害しているケース
特定の法定相続人(配偶者・子)は、相続時の最低限の取り分である遺留分を有しています(民法1042条の1、2)。
家族信託を組成したとしても、遺留分は当然認められます。
例えば、委託者(=受益者)の死亡後、委託者の財産を「全て1人の子に承継する」という定めがあったとしても、配偶者やその他の子どもは遺留分を主張できます。
遺留分が侵害された場合、その額を承継した相続人に対して請求することも可能です(=遺留分侵害額請求,第1046条の1)。
遺留分侵害額請求を行うかどうかは、権利を有する人の自由です。
ただし「合意もなく遺留分を侵害するような家族信託を組成した」という事実により、他の相続人が不満を感じやすくなることも想定されます。
家族信託自体は、委託者と受託者の2者間で締結できますが、その内容については他の相続人や親族と話し合いを行い、トラブルが起きないように細心の注意を払うべきでしょう。
公正証書が作成されていないケース
公正証書とは、法務大臣に任命された公証人が作成する公的な文書のことです(公証人法1条、13条の2)。
公正証書は、公証役場に出向き、公証人と打ち合わせ等を行った上で作成します。
家族信託を公正証書で締結した場合、法に基づいた公証人のチェック・立ち会いのもと、契約当事者(委託者と受託者)双方の本人確認を行った上で締結されたということが証明されます。
家族信託の契約書は、私文書(公正証書でない書類)での作成も可能ですが、トラブル回避のためにも、証明力や執行力を有する公正証書での作成がおすすめです。
トラブルの例として、他の相続人が「契約当事者が認知症で正常な判断能力を欠いている状況で信託契約が締結された」として、契約の無効を主張してくるというような危険なケースがあります。
仮に、相続発生時に親族間でトラブルが起こっても、公正証書で締結した家族信託の契約書は強力な証明力をもつため、根拠のないにも対抗できます。
公正証書の作成には一定の費用がかかりますが、できるだけトラブルの種が生じないよう、書類の内容や効力を強固なものに整えておくことも、家族信託の設計においては非常に重要です。
信託口口座を開設していないケース
信託財産は、 受託者固有の資産とは別物として管理しなければなりません(分別管理義務、信託法34条)。
信託された金銭は、信託法第34条の2のロにおいて「その計算を明らかにする方法」によって、分別して管理しなければならないと定められています。
そこで、金銭を信託財産とする場合、信託口口座(信託財産管理専用の口座)を開設して管理することが一般的です。
信託法上「信託口口座での管理」が義務付けられているわけではありませんが、信託口口座は受託者固有の預金と完全に切り離した運用が可能で、より厳格な財産管理を実現できます。
通常の預金口座で信託財産を管理することも可能ですが、受託者との財産の区別が難しくなったり、他の相続人が不信感を抱くことにも繋がります。
また、信託財産は受託者が破産した場合でも、受託者固有の財産ではないため差押えを受けないという「倒産隔離機能」を有します(信託法23条、25条)。
よって、信託口口座を開設して「信託財産である」ことを明白に証明できるようにしておけば、その口座にある金銭は差押えの対象にはなりません。
信託財産を確実に守るという面でも、信託口口座は非常に有効なのです。
経験が十分でない専門家に依頼してしまったケース
当社では、多くの家族信託の「専門家」に関するクレーム・相談を受けたことがあります。
具体的なご相談の例として、以下のようなものがありました。
- 家族信託の契約書作成をしても、金融機関での信託口口座の作成はしてくれない(できなかった)
- 家族信託の契約書を作成した後に、その後のサポートをお願いしたら断られた
- 家族信託の手付金の支払いを求められ、その後の対応に満足いかず返金を求めたところ断られた
家族信託は比較的新しい制度で、経験豊富な専門家が少ないことは事実です。
知識や経験の少ない専門家へ依頼してしまうと、高額な相談料やコンサルティング料を支払ったのに、満足いく結果が得られなかったというケースも考えられます。
また、家族信託契約は「契約したら終わり」ではなく「契約してからがスタート」です。
契約が締結できたとしても、その後の財産管理や手続きなどについて、専門家のサポートなく自分たちだけで行うと不備や不安が出てくるでしょう。
家族信託の専門家選びでは、その知識や経験はもちろんのこと、契約前の家族会議から契約後の実際の財産管理、また信託の終了までトータルでサポートしてくれるかどうかを見極めると良いでしょう。
受託者の利益を目的にしてしまったケース
信託の目的が「専ら受託者自身の利益を図る」目的である場合、信託法上の「信託」の定義からは外れ、家族信託自体が無効になる危険性があります(信託法2条)。
実質的に受託者の利益となるような信託契約が締結された場合、その家族信託は無効となる可能性がある、ということです。
では、受託者の利益となるような信託とは、どのようなものを指すのでしょうか。
「専ら受託者の利益を図る目的の信託」とは?
家族信託の内容が、受託者自身の利益を図る目的であるかどうかについての判断基準は、結論、まだ確立されてはいません。
ただし、信託法の解釈においては、契約上の内容よりも、実質的な経済的効果で判断される傾向にあります。
以下は、東京大学大学院教授の道垣内弘人先生による『条解信託法』という書籍における言及です。
“形式的に、受託者の行動を決定する基準としての「目的」が、自分自身の利益を図るべしとされているか否かではなく、その信託によって、当事者が達成しようとした実質的な経済的効果に照らして判断されるべきことになると思われる。”
(道垣内弘人、編著者 2017条解信託法 弘文堂)では「受託者の利益を図る目的」であると判断される可能性が高いケースの例を見てみましょう。
<「受託者の利益を図る目的」と判断される可能性がある具体例>
委託者兼受託者:父
受託者:長男
信託財産:土地
受託者である長男が信託財産である土地の上に建物を建てたとします。
受託者として銀行から信託内融資を受け、土地建物に抵当権も設定されました。
建てた家には長男が住み、特に父に対して賃料の支払いをしなかったとします。
最後に父が亡くなった場合、信託を終了させ、残余財産の帰属権利者も長男とする内容で信託を組成しました。
上記の家族信託によって、契約上の受益者である父は1円の利益も得ておらず、実質「長男の利益のため」になされた信託だといえます。
信託契約書では形式上、信託の目的は「父の財産を管理するため」という記載がありますが、解釈としては実質的に経済的な効果を得た人物は誰かで判断されると考えられます。
この場合、専ら受託者の利益を図る目的の信託にあたってしまうのでしょうか。
上述の通り、解釈基準についてはまだ確立されていませんが「受託者の利益が目的である」とみなされないように、契約内容や実質的な経済効果を想定し、家族信託を組成する必要があります。
法律の規定によって「家族信託が無効になった」ということにならないように注意しなければなりません。
家族信託の危険やトラブルを避ける対策4つ
家族信託の危険やトラブルを避けるためにはどうすればよいでしょうか。
その対策について詳しく解説していきます。
経験が豊富で信頼できる専門家に相談をする
家族信託の危険やトラブルを回避する1番の対策は、経験が豊富で信頼できる専門家に相談することです。
近年注目されている家族信託ではありますが、まだまだ経験が豊富な専門家が少ないのが現状です。
とはいっても、不確かな知識のまま自分たちだけで行うと、前段で解説したさまざまな危険やリスクが発生してしまいます。
特に信託財産が多い場合、信託財産の種類が複数ある場合は、税金や不動産売買の知識が必要となり、手続きも煩雑になりがちです。
初回の相談は無料で行っているところもありますので、まずは専門家へ相談することをおすすめします。
専門家選びでは、HPの発信内容を確認したり、電話やメールなどで問い合わせたりして、家族信託に関する明確な実績を挙げていることや、質問に対する明確な回答があるかどうかを確認しましょう。
また、司法書士・弁護士・税理士など、各士業のネットワークが豊富で強固な法人へ依頼すれば、遺産相続トラブルや税金面に関してもスムーズな対応が可能です。
親族間でしっかりと話し合いをする
家族信託を行うには、家族や親族間での話し合いが必須です。
信託契約自体は、委託者と受託者の2者間で締結できますが、将来委託者の相続人となる親族の理解や合意を得ていなければ、他の相続人から反感を買ってしまいます。
特に、受託者には財産に関する権限が集中するため、財産管理の方法も明確に決め、相続人や他の親族に共有しておかなければ、不満を抱かれ親族間の不仲にも発展します。
そのため、家族信託の契約内容を決めるときは、必ず相続人や信託財産に関連のある親族を含めて話し合いを行いましょう。
司法書士などの専門家に相談すれば、話し合いの進め方からサポートしてくれたり、実際に家族会議に立ち会ってくれたりします。
このように、家族信託では相続人や親族の間で理解・納得した上で組成することが非常に重要です。
そのため、すでに家族仲が悪い場合は家族信託の利用は控えた方がよいかもしれません。
信託の目的に沿った「正しい」設計をする
家族信託では、まず初めに「なぜ、何のために家族信託をするのか」という目的を決めることが重要です。
その目的をもとに、信託法に沿って正しい設計をしていくことが求められます。
家族信託の間違った設計の例として、以下のようなものが挙げられます。
- 遺留分を侵害する内容
- 実質的に受託者の利益が目的となっている内容
- 受託者以外の相続人から理解を得られないような内容
家族信託では、財産の管理や運用について積極的な相続対策も含め、柔軟に定められることが大きなメリットです。
ただし、このメリットを得るためには、ご家族の状況や委託者の財産に合わせた適切な設計を行うことが必須です。
状況や財産の内容によっては、任意後見制度や遺言書など、他の制度を使ったり、家族信託と併用することが好ましいケースもあります。
ご自身の親族にとっての「正しい」設計とは何なのかについて慎重に検討しなければなりません。
信託監督人や受益者代理人を設定する
家族信託では、受託者の業務を監督する「信託監督人」や、受益者の権利に関する契約行為を代理する「受益者代理人」を設定することができます。
受託者による財産管理の透明性を確保し、受益者が確実に権利を行使できるようにするために、有効な手段だといえます。
信託監督人
信託監督人は「受託者が適切に財産管理を行っているか」「契約内容を遵守しているか」などを監督する人のことです(信託法132条の1)。
(信託監督人の権限)
第百三十二条 信託監督人は、受益者のために自己の名をもって第九十二条各号(第十七号、第十八号、第二十一号及び第二十三号を除く。)に掲げる権利に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。
現に存する受益者が年少者・高齢者又は知的障がい者等の場合、受益者自身が受託者の信託事務を十分に監督することは困難です。
そのような受益者に代わって受託者を監督するために信託監督人は選任されます。
家族信託では、受託者が財産管理の権限を持つため、信頼できる家族に依頼することが前提ですが、信託監督人の設置により契約当事者以外の親族の安心にも繋がります。
受託者が高齢となった時に備えたり、受託者自身が財産管理に自信がない場合にサポート役として設定することも可能です。
受益者代理人
受益者代理人とは、その代理する受益者のために、当該受益者の権利に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する者です(信託法139条の1)。
(受益者代理人の権限等)
第百三十九条 受益者代理人は、その代理する受益者のために当該受益者の権利(第四十二条の規定による責任の免除に係るものを除く。)に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。
受益者代理人を指定する場合は、信託契約書において受益者代理人を指定できる旨をあらかじめ定めておく必要があります。
一般的には、受益者の判断能力が低下したときを想定して、受益者代理人を指定します。
受益者が認知症などにより判断能力が低下しても、その権利を行使できるようにするためです。
受益者代理人の指定により、受益者が認知症などを発症しても、受益者としての権利を確かに享受できるようになるため、親族や相続人の安心感にも繋がります。
家族信託の設計の工夫や専門家への依頼によりトラブルを防ぐ仕組み作りを
今回は家族信託に潜む危険やトラブル事例、それらを回避する方法についてご紹介しました。
家族信託は柔軟に財産の管理・承継ができる制度として注目を集めていますが、一方で自由度が高く、また家族という身近な存在が当事者となるからこそ、独特な問題点を持つ制度です。
状況により信託監督人を設定するなど、専門家へ依頼することによってトラブルを防ぐ仕組みを作ることも可能です。
後々トラブルにならない信託を組成するためにも、信頼できる専門家を選んで家族信託に取り組んでいただければと思います。
家族信託で気をつけるべきデメリット・注意点についてより詳しく調べたい方はこちらの記事もご覧ください。
家族信託で気をつけるべきデメリット・注意点12選を徹底解説
家族信託のデメリットと注意点は?家族信託を利用するにあたっての注意点やデメリット12個について徹底解説します。
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- 家族信託をすることは危険ですか?
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家族信託自体は危険ではありません。
しかし家族信託の設計や使い方を誤れば、思わぬトラブルに発展する可能性もあります。
例えばインターネット上で拾った家族信託の契約書のひな形を使って自分で契約書を作ってしまい、契約が無効判定となったり、想定外の税金がかかるなどの危険性などがあります。
家族信託の経験が豊富な専門家に相談することをお勧めします。
詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
▶家族信託は危険?実際に起こったトラブルや回避方法を徹底解説
- 家族信託でよくあるトラブルは?
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以下のようなトラブルが挙げられます。
- 受託者に権限が集中することによる家族の不仲
- 損益通算ができないことによる不利益
- 自益信託でない家族信託
- 受託者には身上監護権がないこと
- 信託できない財産があること
- 30年ルールによる信託の終了
詳しくはこちらの記事を参考にしてください。
▶家族信託は危険?実際に起こったトラブルや回避方法を徹底解説