主に認知症患者の財産管理支援に用いられる成年後見制度の申立件数は、2021年は39,809人に上り昨年対比で7%増加した。
しかし2020年における認知症患者数631万人に対し、2021年の成年後見制度の利用者数は23万9933人であり、認知症患者数に対する成年後見制度の利用者数の割合はわずか3.8%に留まった。
認知症患者数は直近5年間で20%増加したが、成年後見制度の利用者数は直近5年間で14%の増加に留まっており、同制度の普及は進んでいない。
後見人による不正な財産利用が後を絶たず、2014年から2021年までの累計被害額は157億円にも上り、成年後見制度の普及を阻害する要因となっている。
「おやとこ」を提供するトリニティ・テクノロジー株式会社は、2021年における成年後見制度の利用動向を調査した。
目次
成年後見制度の利用動向
1-1. 認知症患者数は急増が見込まれる
日本における認知症患者数は増加の一途をたどっている。厚生労働省の推計(※1)によれば2020年時点で約631万人、2025年には約730万人、2050年には約1000万人にも上るとされている。
認知症の進行は認知症患者本人やその家族の生活にとって負担になるだけでなく、本人の財産の管理についても大きな問題となり得る。
認知症患者名義の預金は、本人の意思能力に疑いがあれば金融機関では口座凍結等をせざるを得ず(いわゆる財産凍結状態に陥ってしまう)、成年後見制度の利用なしでは引き出しは不可能となる。
2030年には認知症患者が保有する金融資産が200兆円にも上ると試算されており(※2)、認知症患者の財産凍結問題が急拡大する可能性が指摘されている。
成年後見制度を利用することで財産凍結を免れることができるため、認知症の進行した患者やその家族にとって、成年後見制度は欠かせない制度となっている。
※1 出典:厚生労働省老健局 認知症施策の総合的な推進について
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000519620.pdf
※2 第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部(2018年8月28日公表)
https://www.dlri.co.jp/pdf/macro/2018/hoshi180828.pdf
1-2. 2021年における成年後見制度の申立件数は増加した
2021年の裁判所の調査(※3)によれば、成年後見制度の申立件数は39,809件で、昨年対比で7%増加した。
※3 最高裁判所事務総局家庭局 成年後見関係事件の概況-令和3年1月~12月-
https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2021/20220316koukengaikyou-r3.pdf
1-3. 成年後見制度の普及率は伸び悩んでいる
2021年の裁判所の調査(※3)によれば、成年後見制度の利用者数は23万9933人で、昨年対比で3%増加した。
しかし、2020年の認知症患者数(631万人)に対する成年後見制度の利用者数(23万9933人)の割合は約3.8%に過ぎない。
認知症患者数は2015年(525万人)から5年間で20%増加した。
一方成年後見制度の利用者数は直近5年間で14%の増加に留まっている。
成年後見制度の利用者数は毎年増加しているものの、認知症患者の増加数と比較し普及率を見ると、制度の普及は進んでいないことが分かる。
成年後見制度のデメリット
2-1. 財産の不正利用問題
成年後見制度が普及しない要因の一つとして、財産の不正利用という問題が指摘されている。成年後見制度において不正利用された財産額は2014年から2021年までの累計で157億円にも上った(※4)。
不正利用の被害額は減少傾向にあるものの、現在でも不正利用は続いている。
※4 最高裁判所事務総局家庭局 実情調査
https://www.courts.go.jp/vc-files/courts/2021/r03koukenhuseijirei.pdf
2-2. 後見人への報酬
財産管理を行う「後見人」には親族が立候補して選定を受けることも可能だが、家庭裁判所は80%程度の案件で司法書士や弁護士などの専門職後見人を選任している。
さらに、親族が後見人になるケースでも、親族による不正利用を防ぐため専門家の後見監督人をつけるケースもあり、監督を強化する傾向がうかがわれる。
専⾨職の後⾒⼈や後⾒監督⼈が選任されると、その者らへの報酬の⽀払いが必要となる。報酬は家庭裁判所が決定し、月あたり数万円、年間で数十万円にも及ぶ。
2-3. 制度の利用停止ができない
成年後見制度(法定後見)は利用者の希望があっても利用を停止することはできない。
加齢による認知症を原因として成年後見制度の利用を開始した場合、本人が亡くなるまで同制度を利用することが前提とされている。
成年後見の終了判断は、成年後見を開始した原因から本人が脱する(この場合は認知症から回復する)か、または本人が死亡するまでとされているためである。
2-4. 財産の使徒が限定的である
成年後見制度では財産の使途が限定的・制約的になるため、財産の活用が難しくなるというデメリットもある。
以上に挙げたような問題から、成年後見制度の利用を検討する親族等が使いにくさを感じ、制度の普及が進んでいないと考えられる。
成年後見制度の普及への取り組み
政府はこのような成年後見制度のデメリットの改善のため、2016年「成年後見制度の利用の促進に関する法律」の施行に伴い、5ヵ年毎に「成年後見制度利用促進基本計画」を策定し、成年後見制度の普及に努めている。
2021年度予算では、成年後見制度の利用促進について5.9億円の予算が計上され、専門家による制度の改善に向けた議論や広報活動などが行われた(※5)。
2021年12月22日に開催された専門家会議では、2022年から2027年までの計画を定めた「第二期成年後見制度利用促進基本計画」が取りまとめられ、成年後見制度の利用が進まない現状を改善すべく、制度の抜本的な改正を検討する旨が盛り込まれている。
第二期成年後見制度利用促進基本計画では、終身利用を前提とした現行制度を改め、有期の制度として運用することを検討すべきという旨も盛り込まれているが、仮に制度改善が進んだとしても実際の運用や利用度の向上につながるにはまだ時間がかかると予想される。
※5 厚生労働省 成年後見制度の現状
https://www.mhlw.go.jp/content/000839218.pdf
家族信託への期待
成年後見制度の利用が伸び悩む中で新たに注目を集めているのが、私的契約で成立する「家族信託」制度(※6)である。
家族信託とは、認知症を患う恐れがある高齢者の財産管理を本人が健常なうちに家族に託す制度で、成年後見制度とは異なり家庭裁判所などの第三者を通さず利用することができる。
家族信託は自由度の高さや使い勝手の良さから、高齢者を支える家族からの期待が高まっている制度の一つである。
※6 家族信託とは(当社記事)
https://trinity-tech.co.jp/oyatoko/column/1/
4-1. インターネットの検索回数から見る「成年後見制度」と「家族信託」
成年後見制度と家族信託の注目度の推移を計るため、Googleトレンドを用いてインターネット検索回数を調査した。
成年後見制度については、制度の開始から20年程度が経過するがその検索回数は伸びていないことが分かる。
出典:Googleトレンド ※2014年の検索回数を1とした場合の相対値
認知症患者の財産管理の課題については、2017年頃からマスメディアなどで取り上げられることが増えてきたが、成年後見制度はその代表的な対策であるにもかかわらず、その検索回数については目立った増加が見られない。
一方で、認知症対策の新たな手法として近年注目されている家族信託は、2017年にNHKの番組で取り上げられたこともあり、検索回数が近年大きく上昇している。
出典:Googleトレンド ※2014年の検索回数を1とした場合の相対値
●2017年11月20日
あさイチ(NHK)「どうする?実家の始末」…家族信託の特集
●2018年1月18日
とくダネ!(フジテレビ)「親の財産“凍結”からどう守る?」…家族信託の特集
●2019年4月16日
クローズアップ現代+(NHK)「親の“おカネ”が使えない!?」…家族信託の特集
家族信託を取り扱う当社においても、番組内で家族信託を初めて認知したという利用希望者からの問い合わせが多く発生した。
これらの特集を期に認知症患者の財産凍結問題について広く認知され、その対策法としての家族信託が認知され、検索回数の伸びにもつながったと考えられる。
4-2. 成年後見制度を補う家族信託制度への期待
家族信託の利用者数はどのくらい伸びているのだろうか。
家族信託は家族内で契約を作成することができる私的契約であるため、統計的にその正確な件数を把握することはできないものの、土地の「信託登記」の件数からおおよそ推測することができる。
不動産を家族信託する場合には登記が必須であり、かつ、多くの家族信託が不動産の流動性確保を目的として組成されるためである。
法務省によると土地の信託登記件数は毎年10~20%程度増加し続けている(※7)。
※7 法務省 登記統計表 土地の登記のみの件数
https://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_touki.html
土地の信託登記件数には商事信託による登記も含まれるため、この推移が家族信託の利用者数の推移と等しいとはいえないが、家族信託の検索件数の変動から見えるその認知度の上昇と併せて考えると、土地の信託登記件数の増加も家族信託利用数の増加の影響を受けていると推察できる。
以上、成年後見制度の動向について調査した。
成年後見制度は利用者数は増えているが普及が進んでいない。制度上のデメリットが多く、利用促進基本計画に基づき制度改正が検討されているものの、具体的な改正案およびその施行タイミングはまだ不透明であるため、今後もしばらくこの傾向が続くことが予想される。
一方、成年後見制度が有するデメリットを持たない家族信託が、認知症対策として近年注目を集め始めている。
認知症患者数が今後も増加し続けることは明らかであるが、成年後見制度の普及は制度の抜本的な見直しが実行されない限り進まないと考えられるところ、当面は家族信託を中心とした成年後見制度以外の認知症対策(財産凍結対策)の利用が拡大していくものと考えられる。
調査期間:2017年〜2021年
調査対象:成年後見関係事件の概況等(https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/kouken/index.html)
調査方法:インターネット調査