家族信託を利用するうえでの悩みどころの一つに、家族信託の開始時期があります。
「認知症対策といっても自分はまだまだ元気だよ」
「今すぐ受託者に財産を移転するのは少し不安」
というように、家族信託を躊躇される親御様もいらっしゃるのではないでしょうか。
この場合、親御様やご家族が納得しやすいように「認知症になったら家族信託を開始する」などの条件を付けて契約を結ぶ「停止条件付信託」が利用できる可能性があります。
そこで本記事では「停止条件付信託」について、特徴や手続きを詳しく解説していきます。
家族信託の基本的な仕組みやメリット・デメリットについては以下の記事をご確認ください。
家族信託とは?メリット・デメリットや手続きをわかりやすく解説!
家族信託は「認知症による資産凍結」を防ぐ仕組みです。本記事では家族信託の詳細や具体的なメリット・デメリット、発生する費用などについて詳しく解説します。将来認知症を発症しても、親子ともに安心できる未来を実現しましょう。
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目次
家族信託の開始時期を調整する2つの方法
信託法では「委託者となるべき者と受託者のなるべき者との間の信託契約の締結によってその効力を生ずる」と規定されています(信託法第4条第1項)。
つまり、信託契約をしたときに家族信託がスタートするということです。
しかし、同条第4項では「停止条件又は始期が付されている時は、当該停止条件の成就又は当該始期の到来によってその効力を生ずる」 とあります。
つまり「停止条件」または「始期」の設定により、家族信託の効力発生時期を調整することができます。
- 停止条件を設定する
- 始期を設定する
それぞれのケースについて解説します。
1.停止条件を設定する
「停止条件」は法律用語で「ある条件が成就するまで効力を停止しておくこと」を指します。
つまり、停止条件付信託では 「ある条件が成就した時点」で信託契約の効力が発生するということです。
簡潔に例えると「親が認知症になったら家族信託の効力を発生させる」ということが可能になります。
ただしこの「停止条件」は、客観的かつ明確であることが重要です。
つまり「認知症になったら」という曖昧な内容では不十分な可能性があります。
そこで、医師の診断書や要介護度など、客観的な事実を用いた停止条件の設定が推奨されます。
具体的な例については後段で詳しく解説します。
2.始期を設定する
契約における「始期」とは、将来、確実に到来する時期のことです。
「12月31日の到来」というように確定された時期もあれば、「次に雨が降ったとき」などの不確定な時期もあります。
始期の例
- 2030年12月31日の到来
→確定している時期 - 次に雨が降ったとき
→到来することは確実だが、いつかは不確実な時期
始期は停止条件と異なり、必ず生じる事実に基づいています。
例えば、雨がいつ降るかは分かりませんが、いつか降ることは確実であり、必ずその時期は訪れます。
一方で「停止条件」には、成就しない可能性のある事柄も含みます。
例えば「親が要介護5になったとき」という条件は、成就しない可能性もあります。
このことから、確実に信託の効力を発生させたい場合は、停止条件や始期の設定を工夫する必要があるでしょう。
家族信託では、認知症の程度や一定の日付など、複数の条件を満たす時に信託の効力を発生させるというケースもあります。
信託契約の開始(効力発生)時期を調整する際の注意点
家族信託の開始時期を遅らせたい場合は、上記のように停止条件や始期付きで信託契約をする方法が提案しやすい方法となるでしょう。
ただし以下で説明しますが、押さえておくべき注意点もあります。
信託契約を開始するためには、委託者の認知症等の状況によっては、やり直しのきかない状況に陥るケースも想定されます。
そのため注意点をしっかり押さえた上で開始時期の設定をご活用ください。
1.「停止条件付き」家族信託の注意点:停止条件の客観性と明確性が重要
委託者となる親御様が家族信託を躊躇している場合は、停止条件を付けて信託の効力発生時期を調整することで、手続きを進めやすくなる可能性があります。
ただし上述のとおり、「停止条件」を具体的にどうつけるかについては注意が必要です。
例えば、「認知症になったら」という具体的な段階です。どのような症状になった時に「認知症になった」という条件に該当するのでしょうか。
初期の「軽度認知症」の状態でとどまることもあれば、他の疾病により要介護状態になる可能性もあります。
契約の始まりを決めるには、客観的で明確な条件成就=効力の発生時期が必要です。
そのため、停止条件付き家族信託をする場合は、条件の客観性と明確性に注意して契約を設計しましょう。
この場合、例えば、
- 医師の診断書において「後見相当」であるとされたとき
- 要介護認定において「要介護5」と認定されたとき
などの具体的な条件にすれば、客観性も明確性も明らかになります。医療機関や介護事業所の書類が条件に該当したことを証明する書類にもなります。
このように停止条件付き家族信託をする場合は、上記のような客観的かつ明確な条件になるように注意しましょう。
2.「始期付き」家族信託の注意点:開始時期を工夫する
契約において、例えば「始期(開始時期)を2031年の1月1日」とした場合には、その日が来たら効力が発生します。
始期の定め方も、「確定期日(2031年1月1日など)」と「不確定期日(次、雨が降ったときなど)」があり、定め方によっては客観性・明確性の点で問題になる可能性もあります。
家族信託の開始時期を工夫するには
- 確定期日を定めたい場合には「始期付」で契約
- 症状などでスタートしたい場合には「停止条件付(条件の客観性・明確性に留意したうえで)」で契約
- 複数の条件に該当したらスタートする契約
など、複数の方法があります。委託者の意向を踏まえ、合理性と納得感の組み合わせで信託契約を組成してみましょう。
もしもに備えて「任意後見契約」も検討する
停止条件や始期を付して家族信託契約を結んだとしても、家族信託の効力発生時に本人が十分な判断能力を有しているかは明確ではありません。
この場合でも家族信託契約の効力が失われるわけではありません。
ただし、信託財産に不動産がある場合は効力発生時に信託登記が必要です。
また、信託する金銭は家族信託専用の口座に移管する手続きが必要です。
認知症などで委託者の判断能力が失われると、これらの手続きが止まってしまうおそれがあります。
このようなもしもの事態に備えるため、家族信託と併せて「任意後見契約」を結んでおくという手段があります。
任意後見契約をあらかじめ締結し、任意後見人が登記や銀行の手続きを代理できるようにしておけば、家族信託の効力発生時に本人が判断能力を失っていても任意後見人(家族信託の受託者と同じ人がベストです)が、登記や金銭の信託口座への移し替えなどの手続きも行えるようになる可能性もあります。
任意後見制度については、以下の記事で詳しく解説していますので、ご確認ください。
任意後見制度とは?メリット・デメリットや手続き方法、成年後見制度との違いをわかりやすく解説
任意後見制度とは、将来的な判断能力の低下に備えて、財産管理や身上監護を本人に代わって行う「任意後見人」をあらかじめ定めておく制度です。本記事では、任意後見制度の仕組みやメリット・デメリット、利用するための手続き方法などについて詳しく解説いたします。
信託開始時点での意思能力を想定し、効力発生の条件を緩める
上記のように「任意後見契約」をして備える方法もありますが、ここまでの内容を委託者に理解してもらい、そのうえで開始条件を緩める方向で検討しておくことも重要でしょう。
例えば「要介護度」についても、重度の「5」相当などに至る前、軽度の「1」や「2」の段階で開始する条件も検討してみましょう。
要介護度については、意思能力の面だけでなく、身体機能の不自由さの面でも判定が行われます。
将来、身体・意思能力どちらを起因として日常生活を送ることが難しくなるかは分からないのです。また、進行性の認知症の場合、想定よりも急速に意思能力を失っていく可能性もあります。
もしもに備えて、早めに手を打てるように設計しておきましょう。
まとめ
以上のとおり、家族信託のスタート時期は「停止条件」や「始期」を付けることで遅らせることも可能です。
委託者の意向を尊重できるため役立つ方法だといえますが、停止条件や始期をつける場合には、条件などの付し方に注意しましょう。
効力発生時期に備えて、任意後見契約を結んだり、あえて条件を緩めることも検討しましょう。
このように、家族信託は早めに設計して実際の利用は少し先、という設定にすることが可能です。
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